物語なき国家は成立するか?

最近、ある本で「人間は外界を「物語」という型で認識するようになった」というのを読んだが、ハラリ氏が言う「国家はみな物語の上に築かれている」というのが、まさに核心をついていて、素晴らしい考察。

『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ氏、ウクライナ侵攻を受けてガーディアン紙に緊急寄稿。全文公開!

「国家」という巨大なものがどうして成り立っているんだろう、、と考えると、人々を結びつけるものは「物語」だと。

個人を結びつけるものは、家々の歴史だったり、家族の記憶だったり、小さな「物語」である。映画「ブレードランナー」のレプリカントたちも自分のアイデンティティを保つために「物語」を持ちたがる。

そして、個と国家を結びつけるものも、やはり、「物語」が必要なのだ。

日本は、天皇制=神話(古事記)という「物語」で成立している国である。2600年の歴史とアイデンティティを持ち、その依代が天皇という実在する形で存在している。強固な国家である。

全国に寺社が15万以上あるが、これはコンビニよりも多い数だ。日本はこの広い国土を2千年かけて、15万の寺社(当時は神仏習合)で「物語」を作ってきた。皆、家々で神棚を祀り、そうやって、「物語」の一部として生活し、国家が成立してきた。

共産主義は、とにかく、「物語」を徹底的に壊す。あらゆる宗教、民族、歴史を否定して、統一した思想、言葉、人民服、果ては人種まで粛清し、赤く染めようとする。押し付けられ、抑圧される。

共産国家におけるアイデンティティは存在しない。ただ、システムが回っている。

つまり、システムの一部として「個」がある訳で、個人の歴史、物語が表層に出てこない。なので、現代文学は生まれない。

それでは、中国、ロシアのような、「物語」なき、アイデンティティなき国家がどうして成立しているかというと、これは、ギリギリのところで保っていると言わざるを得ない。

ギリギリのところで保たないといけないから、メディアやSNSもコントロールしないといけない。嘘で塗り固めて、恐怖で統治するしかない。

プーチンも近平も、自分が神話になれなければ、その先には未来はない。

しかし、「物語」は、恐怖と暴力を与える側からは決して、生まれない。もし作られるのであれば、それは、強者の論理で都合良く作られた「偽の物語」である。

「偽の物語」で国家を成立させることはできるだろうか。

ハラリ氏の言う通り、プーチンは既に敗北しているのである。

TOMOYUKI TAKANO

大学では数学、大学院では経営学を学ぶ。都内のメディア企業勤務。作曲家、ピアニストとしても活動中。興味の対象は、現代音楽、現代詩、美学、民俗学、史学、社会学、宗教学、数学、AI、データサイエンスなどなど。アンダーグラウンドからカッティングエッジ、過去から未来まで全て見たい。

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