時を忘れる場所

先日、冬の軽井沢に行き、万平ホテルに一泊した。

良いホテルには、良いバーがあるが、万平ホテルも例外ではなく、「The Bar」というストレートな名前のバーがあり、宿泊客が軽井沢の夜を楽しんでいた。静寂の中、シェイカーの音が静かにリズムを奏でる。そのリズムもスローモーションに聞こえるように、全体的に時間がゆっくりと流れるのである。

なぜ、こんなに時間がゆっくりと流れるのか、不思議に思ったが、ふと、カウンターに目をやると、幻想的な絵が壁にかけてあり、この絵がこの空間により一層の効果をもたらしていることに気付く。時間を忘れて眺めてしまうのである。バーテンダーに聞くと吉村明峰の作品であるという。このバーの常連客が数十年前に自分のコレクションを”預けて”いき、そのままになっているらしい。

一頭の鹿が幻想的な風景の中、寂しげに佇む絵である。

吉村の作品には、鹿が多く書かれているが、これは何かのメタファーだろうか。この時代も空間も分からない幻想的な絵は、観る者に様々な物語を想像させ、The Barの空間をさらに魅力的にする。

万平ホテルのThe Barをきっかけに、すっかり、吉村明峰のファンになってしまい、いつか購入し、自宅のリビングに掛けたいと思っている。時は常に流れ続ける。家にいる時も軽井沢のThe Barにいる時も、常に死に向かって、時は流れ続けるのだ。時は非情である。

だから、人は旅に出て、逃避し、時を忘れたくなる。常連客がThe Barにこの絵を置いたのも、きっとそんな意味があったのだろう。また、時を忘れにThe Barを訪れたい。

TOMOYUKI TAKANO

大学では数学、大学院では経営学を学ぶ。都内のメディア企業勤務。作曲家、ピアニストとしても活動中。興味の対象は、現代音楽、現代詩、美学、民俗学、史学、社会学、宗教学、数学、AI、データサイエンスなどなど。アンダーグラウンドからカッティングエッジ、過去から未来まで全て見たい。

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